酒米・酵母・水・酒母でどう変わる 中級者のための講義
同じ「純米大吟醸」でも、味には驚くほど幅があります。芳醇なものもあれば、水のように淡麗なものもあります。その差は等級ではなく、造りの原料と工程で決まります。
味を左右する要因は、大きく分けて米・水・酵母・酒母の4つ。ここに火入れや熟成が加わります。この記事は、純米や吟醸といった等級の呼び名をひととおり知った中級者に向けた、一歩進んだ講義です。呼び名の整理は純米・吟醸・大吟醸の違い、工程の順序は製造工程に譲り、ここでは「なぜその味になるか」を要因ごとにたどります。読み終えると、裏ラベルの酒米・酵母・造りから、飲む前に味の方向がつかめるようになります。
味を決める4つの要因の全体像
先に全体像を置きます。それぞれが効く場所は、次のように分かれます。
| 要因 | 主に効くところ | 味への出方の例 |
|---|---|---|
| 米(酒米) | 骨格・旨味・雑味の量 | 大粒・低タンパクだと雑味が減る |
| 水 | 発酵の速さ・ミネラル感 | 硬水は力強く、軟水はまろやか |
| 酵母 | 香り・酸の量 | 華やかな吟醸香を出す株がある |
| 酒母 | 酸のコク・複雑さ | 生酛系は酸が高くコクが出やすい |
ここからは、この表の4要因を上から順に1つずつ見ていきます。
酒米 骨格をつくる米の適性
酒造りに向く米を酒造好適米(しゅぞうこうてきまい。略して酒米)と呼びます。良い酒米の条件は3つに整理できます。粒が大きく割れにくいこと、中心に心白(しんぱく)があること、タンパク質が少ないことです。
食用米との一番の違いは、粒の中心にある心白です。心白は白く濁って見える部分で、デンプンの詰まり方が粗く、細かい隙間を含みます。この隙間があると、麹菌の菌糸が米の内部まで入り込みやすくなります。麹造りでは外は締まり中は柔らかい蒸米、いわゆる外硬内軟(がいこうないなん)が好まれます。心白はこの内側の柔らかさを担います。
タンパク質が少ないほど有利なのは、米のタンパク質が分解されるとアミノ酸になり、増えすぎると雑味や重さにつながるからです。大吟醸では精米歩合50%以下まで磨きます。表層のタンパク質を削り落とし、心白に近い純粋なデンプンだけを残すためです。だから削っても割れない大粒が要ります。代表的な5品種を並べます。
| 酒米 | 主な産地 | 傾向 |
|---|---|---|
| 山田錦 | 兵庫県ほか | 大粒・低タンパクで高精白に耐え、芳醇でふくらみのある味 |
| 五百万石 | 新潟・北陸 | 早生で心白が大きく溶けにくい。すっきりした淡麗辛口 |
| 美山錦 | 長野・東北 | 耐冷性が高く心白が大きい。淡麗で柔らかな口当たり |
| 雄町 | 岡山県 | 多くの酒米のルーツ。溶けやすく芳醇でコクのある味 |
| 愛山 | 兵庫県 | 山田錦と雄町の血を引く。心白が大きく濃醇で果実味に富む |
山田錦は心白の出る率が高く、高く磨いても割れにくい品種です。全国の酒米生産で最も多く使われ、大吟醸の原料に選ばれてきました。たとえば山口の旭酒造「獺祭」の純米大吟醸「磨き二割三分」は、山田錦を精米歩合23%まで磨きます。ここまで削っても砕けないのは、大粒で心白の詰まった山田錦だからこそです。五百万石は心白が大きい分、50%を超える高精白は難しいとされます。溶けにくい性質が、後味のキレにつながります。
雄町は山田錦や五百万石のルーツにあたる古い品種です。栽培に手間がかかり、作付けが大きく減った時期もありました。岡山県赤磐市の利守酒造(銘柄「酒一筋」)は、地元の農家とともにこの雄町の栽培を復活させた蔵として知られます。もろみ(発酵中の、蒸米・麹・水・酵母が溶け合った状態)に溶けやすく、旨味の乗った厚みのある酒になりやすい性格です。愛山はその雄町と山田錦の血を引きます(父本の山雄67が両者の交配種です)。栽培が難しく作り手が限られる米で、兵庫・灘の剣菱酒造は山田錦とともに兵庫県産の愛山を使う蔵として知られます。心白がひときわ大きくもろいため高精白には向きませんが、溶けやすさを生かした濃厚で果実味のある酒が生まれます。同じ精米歩合でも、米が違えば余韻の長さは変わります。
水 発酵の速さを決める仕込水
日本酒は成分の約8割が水です。仕込みに使う水を仕込水と呼び、その硬度が発酵の性格を左右します。硬度とは、水に含まれるカルシウムとマグネシウムの合計量を示す指標です。
酵母が増えるには、カリウム・リン・マグネシウムが要ります。硬水はこれらを含みやすく、酵母の栄養が豊富になります。発酵が活発に進み、力強くキレのある酒になりやすい傾向です。灘の酒が男酒と呼ばれてきた背景には、西宮の宮水があります。神戸・灘の菊正宗酒造も、この宮水を仕込みに用いる蔵の一つです。宮水は硬度およそ100mg/L以上の中硬水で、日本の水としては硬い部類に入ります。リンやカリウムが豊富なぶん、発酵が旺盛に進みます。
軟水はミネラルが少なく、発酵がゆっくり進みます。もろみが穏やかに動くぶん、口当たりのまろやかな酒に向きます。伏見の酒が女酒と呼ばれ柔らかいと言われるのはこのためです。京都・伏見の月桂冠なども、この柔らかな伏見の水で酒を醸しています。
鉄とマンガンは避けたい成分です。鉄はごく微量でも酒の色を濃く染め、香りを損ないます。宮水に鉄がほとんど含まれないことも、名水とされる理由の一つです。蔵が水源にこだわるのは、含めたい成分と除きたい成分がはっきり分かれているからです。
酵母 香りと酸を生む立役者
香りの大部分は酵母が決めます。日本醸造協会が頒布する「きょうかい酵母」は、蔵をまたいで使われる代表的な酵母です。多くは優れた酒を醸した蔵のもろみから分離され、番号で頒布されてきました。
吟醸香の正体は、主に2つの成分です。カプロン酸エチルはりんごや洋梨を思わせる甘い香りを出します。酢酸イソアミルはバナナに近い香りを出します。どちらを多く出すかは酵母の株で変わります。代表的な号数を並べます。
| 酵母 | 分離元 | 性格 |
|---|---|---|
| きょうかい6号 | 秋田「新政」 | 低温でも発酵力が強く、穏やかで端正 |
| きょうかい7号 | 長野「真澄」 | 華やかで扱いやすく、最も広く使われる |
| きょうかい9号 | 熊本「香露」 | 低温でよく発酵し、カプロン酸エチルが高い |
| きょうかい1801号 | 香りを高めた育種株 | 香りが高く酸が控えめ。出品酒に多い |
6号は現存する最古のきょうかい酵母で、昭和初期に分離されました。7号は今も頒布量の多くを占める定番です。9号は華やかな吟醸香が持ち味で、吟醸酒によく使われてきました。1801号は香りを高める目的で育てられ、カプロン酸エチルを高く出しながら酸を抑える株です。鑑評会の出品酒でしばしば選ばれます。香りの高い酒を選びたいときは、この酵母欄が手がかりになります。香りと味の関係は味と香りでも扱っています。
酒母の造り分け 速醸・生酛・山廃
酒母(酛)は、良い酵母を大量に育てるスターターです。雑菌を抑えるため乳酸で酸性の環境をつくります。この乳酸をどう用意するかで、造りが三分されます。
| 造り | 乳酸の入れ方 | 手間 | 味の傾向 |
|---|---|---|---|
| 速醸(そくじょう) | 醸造用乳酸を添加 | 少ない | クリーンで軽快。すっきり |
| 生酛(きもと) | 蔵に住む乳酸菌が自然に生成 | 多い | 酸が高く、コクと複雑さ |
| 山廃(やまはい) | 生酛から山卸を省いた方式 | 中 | ふくよかで力強い酸 |
速醸酛は、国立醸造試験所(現在の酒類総合研究所)の江田鎌治郎が確立しました。雑菌を抑えるには酸性環境が要ると突き止め、乳酸を先に加える方法にたどり着きます。短期間で安全に仕込めるため、今の主流です。業界での使用は速醸がおよそ9割を占め、山廃と生酛は合わせて1割ほどにとどまります。それだけ手間のかかる希少な造りです。
生酛系は、乳酸菌が乳酸以外の成分も生むため、香味が複雑になります。酸が乗るぶん、燗にしても崩れにくい酒が多くなります。福島・二本松の大七酒造のように、生酛造りを蔵の看板に掲げる造り手もあります。山廃は生酛から山卸を省いた方式です。山卸とは、蒸米と麹をすりつぶす重労働の作業をいいます。正式には山卸廃止酛といい、その省略が名前の由来です。すりつぶさないぶん空気に触れ、いぶしたような独特の香りが出ることもあります。山廃仕込みでは、石川の車多酒造「天狗舞」や白山市の菊姫が知られます。
火入れと熟成 仕上げで変わる表情
搾ったあとの扱いでも味は動きます。火入れは60〜65度で加熱する殺菌工程です。火落ち菌と呼ばれる乳酸菌を抑え、残った酵素の働きを止めて味を安定させます。温度を上げすぎるとアルコールが飛び、加熱が長すぎると香りが傷むため、短時間で仕上げます。
火入れをしない酒が生酒です。酵素が生きたまま出荷されるため、フレッシュで若々しい香りが立ちます。無濾過・生・原酒の3つを満たすものが無濾過生原酒で、加水も濾過もしない濃い味わいになります。生酒は品質が動きやすいので、冷蔵での早めの消費が向きます。
テイスティングノートの読み方
要因がわかると、味の言葉も因果でつながります。ここで効いてくるのが有機酸です。清酒に多い有機酸のうち、味に大きく関わるのは乳酸・コハク酸・リンゴ酸の3種です。清酒中の有機酸の多くは、もろみの中で酵母がつくります。残りは酒母や蒸米・麹に由来します。
酸は温度で表情を変えます。J-STAGEの飲用温度の研究では、乳酸は37度、コハク酸は50度で酸味を強く感じると報告されています。同じ乳酸とコハク酸も、37〜43度あたりではソフトでまろやかに感じられます。リンゴ酸は10度で爽快ですっきりした呈味になります。3種の混合物では、43度で酸味がしっかり感じられ、味の調和が良いとされました。燗が理にかなう酒がある理由が、ここに表れています。
| 有機酸 | 味の印象 | 開きやすい温度帯 |
|---|---|---|
| 乳酸 | 丸みのある酸味 | 常温〜ぬる燗 |
| コハク酸 | 旨味・深み | 熱めの燗で開く |
| リンゴ酸 | 爽やかな酸 | よく冷やして |
つまり、生酛の純米を選んだ日は燗を試す価値があります。乳酸とコハク酸のうま味が温度で開くからです。逆に9号系や1801号系の華やかな吟醸は、冷やしてカプロン酸エチルの香りを立てると持ち味が出ます。温度による変化は温度と保存で詳しく扱っています。
裏ラベルの酒米・酵母・造りを一度読み解けば、飲む前に味の方向がおおよそ見えます。数値は入口。答え合わせは、実際に注いだ一杯で。
※この記事は20歳以上の方を対象としています。飲酒は適量を守り、妊娠中・授乳期の方や運転前の飲酒を避けてください。