精米・製麹・三段仕込み 仕込みの核を深掘りする
棚に並ぶ一本の味は、飲む前のどこで決まるのでしょうか。その多くは、精米・製麹・三段仕込みという三つの工程で決まります。製造工程の全体像では、原料から出荷までを一本の流れで追いました。ここでは味を大きく動かす核の工程だけを取り出し、原理まで下りて見ていきます。なぜ米を削るのか、麹は何をしているのか、なぜ一度に仕込まず三回に分けるのか。工程の「なぜ」がわかると、裏ラベルの用語の見え方が変わります。
味を決める核はどこにあるか
日本酒造りには「一麹、二酛(もと)、三造り」という言葉があります。麹づくりが一番、酒母(酛)が二番、もろみの仕込みが三番という優先順位です。工程全体は前記の記事にゆずり、ここでは味への効き方が大きい三つの核を選んで掘ります。
先に、それぞれが味のどこに効くかを整理しておきます。
| 核の工程 | この記事で見る点 | 味への効き方 |
|---|---|---|
| 精米 | 何をどれだけ削るか | 雑味の量が変わる |
| 製麹(麹づくり) | 糖に変える力の作り込み | 甘みやふくらみ、キレの向き |
| 並行複発酵 | 糖化と発酵が同時に進む | 高い純度とアルコール度 |
| 三段仕込み | 酵母を薄めない分割 | 発酵の安全さと純度 |
あいだの「洗米・浸漬・蒸米」は、精米と製麹をつなぐ下ごしらえです。核の話に入る前に、短く触れておきます。並行複発酵のしくみは後半でくわしく見ます。まずは精米から順に。
精米 なぜ玄米を磨くのか
精米は、玄米の外側を削る工程です。どこまで削ったかを示すのが精米歩合になります。精米歩合とは、玄米を磨いて残った部分の割合のことです。精米歩合が60%なら、外側を40%削っています。数字が小さいほど、よく磨いた米を使う造りです。この数字の読み方と味への影響は純米・吟醸・大吟醸の違いでくわしく扱います。
では、なぜわざわざ削るのでしょうか。米の外側には、たんぱく質や脂質、ミネラルが多く集まっています。これらが多いと、雑味や重さ、荒い香りのもとになります。磨いて外側を落とし、中心に近いでんぷんの多い部分を残す。そうして雑味の芽を減らすのが精米のねらいです。
削り方にも工夫があります。ふつうの精米は米粒を丸く磨いていきますが、たんぱく質は米の外側だけでなく、細長い粒の両端にも多く寄っています。そこで、米の形を残したまま薄く削る扁平精米という方法があります。粒を丸くではなく、平たい形のまま磨く削り方です。広島県の資料によると、丸く削る場合は、たんぱく質を目標まで落とすのに外層を半分ほど削るとされます。扁平精米なら、三割ほどの削りで同じ水準まで下げられます。同じ狙いに、より少ない削りで届くわけです。
削るときには摩擦熱が生まれます。熱がこもると米が割れたり、乾きすぎたりします。だから砥石をゆっくり回し、時間をかけて磨きます。よく磨く高精白の米ほど、精米にかかる時間は長くなります。手間と時間のかかる下ごしらえが、この段階で酒の骨格を決めているのです。
洗米・浸漬・蒸米 外硬内軟をつくる
磨いた米は、次に洗って水を吸わせ、蒸します。洗米では、表面についた糠や削り粉を落とします。浸漬では、米を水に浸けて吸水させます。吸う水の量が蒸し上がりを左右するため、高精白の米では浸ける時間を秒の単位で管理することもあるほどです。
蒸すのは、炊くのとは狙いが違います。ねらいは、外は締まって中はやわらかい状態です。これを外硬内軟と呼びます。外がほどよく締まっていると溶けすぎず、中がやわらかいと麹菌の菌糸が内部まで入りやすくなります。心白と外硬内軟の関わりは中級者のための講義でも触れています。蒸し上がった米は、麹用、酒母用、もろみ用に分けて使われます。同じ蒸米が三役をこなすわけです。
製麹 麹が糖をつくる
麹は、蒸米に麹菌(黄麹菌)を繁殖させたものです。この麹づくりの工程を製麹と呼びます。ユネスコ無形文化遺産に登録された「伝統的酒造り」でも、こうじ菌を用いる点が技術の芯として位置づけられています。麹は、日本酒の味づくりの要です。
麹の役目は、でんぷんを糖に変えることです。麹菌(黄麹菌)は、でんぷんを分解するアミラーゼなどの酵素をつくります。この酵素が米のでんぷんを分解し、ブドウ糖に変えます。この働きを糖化と呼びます。酵母は糖をアルコールに変えられますが、でんぷんはそのまま使えません。だから、でんぷんを糖に橋渡しする麹が要るのです。
麹の顔つきは一様ではありません。菌糸が蒸米に繁殖して白く見える広がりを破精(はぜ)と呼びます。菌糸が米の中心へ食い込むことを破精込みといいます。この破精の付き方で、麹は大きく二つのタイプに分かれます。菊正宗酒造の資料をもとに、違いを表にします。
| 麹のタイプ | 破精の付き方 | 糖化の力 | 向く酒質 |
|---|---|---|---|
| 突き破精(つきはぜ) | 表面はまばらな斑点状、中心へよく破精込む | ひかえめ | 淡麗で上品。吟醸酒に向く |
| 総破精(そうはぜ) | 表面全体に回り、破精込みも深い | 強い | 濃醇でどっしり。濃い酒や酒母に向く |
同じ蒸米からでも、破精を表面全体に回すか、中心へ突き刺すように入れるかで、糖化の強さが変わります。糖化がひかえめだと軽やかな酒に、強いと厚みのある酒に寄ります。麹づくりが酒の方向を分ける、と言われるゆえんです。
製麹は、温度と湿度を保った麹室という部屋でおよそ二日かけて行います。温度はおよそ32〜38度、湿度はおよそ60〜70%が目安とされます。麹菌が繁殖すると自らの発熱で温度が上がるため、米をほぐす切返しなどで温度を調整します。この温度と湿度の操作こそが、さきの突き破精と総破精を造り分けるかなめです。人が手をかける場面が多く、蔵の個性が出やすい工程です。
並行複発酵 糖化と発酵が同時に進む
麹の糖化と酵母の発酵は、別々の工程ではありません。糖ができるそばから、酵母がその糖をアルコールに変えていきます。糖化とアルコール発酵が、同じもろみの中で同時に進む。これを並行複発酵と呼びます。もろみとは、蒸米・麹・水・酵母が溶け合って発酵している、酒のもとになる液のことです。この並行複発酵こそ、日本酒を理解するうえで一番の核になります。
ほかの酒と比べると、独特さがはっきりします。ワインは、原料のぶどうにもともと糖があるので、酵母が発酵させるだけで済みます。これを単発酵と呼びます。ビールは、まず麦芽で糖化し、あらためて発酵させます。糖化と発酵が別の段で進むため、単行複発酵と呼ばれます。日本酒は、この二つを一つのもろみで同時にこなします。
同時進行には利点があります。糖がたまりすぎず、酵母が糖を切らさずに働き続けられます。並行複発酵によって、清酒はアルコール分20%程度まで高まります(月桂冠の解説)。発酵期間はおよそ20〜30日とされ、これはワイン(およそ11%)やビール(およそ5%)を上回ります。工程のどこにこのしくみが位置するかは製造工程の全体像で確認できます。
三段仕込み なぜ三回に分けるのか
酒母(酛)は、乳酸で雑菌を抑えながら酵母を純粋に増やした、濃い酵母の塊です。この酒母ができたら、いよいよ本仕込みです。ここで米・麹・水を一度に入れず、数回に分けてもろみを大きくします。分けて仕込む方法を段仕込みと呼び、三回に分けるのが三段仕込みです。
なぜ分けるのでしょうか。一度に大量の米と水を足すと、せっかく育てた酵母や乳酸が薄まります。すると雑菌がつけ込む隙ができます。少しずつ足せば、酵母は濃さを保ったまま数を増やせます。酸をつくる乳酸の濃度も保たれ、雑菌を抑えたまま量を増やせます。仕込む量は初添・仲添・留添とほぼ倍々に増え、酵母を急に薄めないよう設計されています。仕込みは四日間かけて進みます。
| 日 | 呼び名 | すること |
|---|---|---|
| 1日目 | 初添(はつぞえ) | 酒母に米・麹・水を加える |
| 2日目 | 踊り(おどり) | 何も足さず酵母を増やす |
| 3日目 | 仲添(なかぞえ) | 前より多くの米・麹・水を足す |
| 4日目 | 留添(とめぞえ) | さらに足して仕込みを終える |
かなめは二日目の踊りです。踊りとは、初添の翌日に仕込みをいったん休み、酵母をしっかり増やす日をいいます。ここで酵母の数をそろえ、優位な状態をつくってから、量を一気に増やしていきます。段階を踏むことで、酵母が主役の座を保ったまま、もろみを安全に大きくできます。
三つの判断が味にどう出るか
三つの核の工程は、それぞれ別の形で味に顔を出します。飲むときの手がかりとして、効き方をまとめておきます。
精米を進めるほど、雑味は減り、香りは立ちやすい傾向です。ただし磨くほど米そのものの個性は控えめになります。どちらが良いという話ではありません。狙う味で削る量が変わるだけです。名称と磨きの関係は純米・吟醸・大吟醸の違いにまとめてあります。
麹の破精は、甘みやふくらみ、キレの向きを分けます。突き破精は軽やかで香りの立つ酒に、総破精は旨みの乗った厚い酒に寄ります。三段仕込みの温度や速さも、発酵の乗りを変えます。ここに酒米や酵母、水の違いが重なって、最後の一杯ができあがります。原料ごとの効き方は中級者のための講義、味と香りの言葉は味と香りでたどれます。
まとめ
三つの核の工程を、要点だけおさらいします。
- 精米は米の表層のたんぱく質や脂質を削り、雑味を減らす。その度合いが精米歩合。
- 製麹では麹菌の酵素がでんぷんを糖に変える。これが糖化。突き破精は淡麗で吟醸向き、総破精は濃醇な酒向き。
- 並行複発酵は、糖化と発酵が同じもろみで同時に進むしくみ。日本酒の核。
- 三段仕込みは、酵母と乳酸を薄めないための分割投入。二日目の踊りで酵母を増やす。
工程の「なぜ」がつかめたら、次は味の言葉との橋渡しです。原料で味がどう変わるかは中級者のための講義、香りと味わいの整理は味と香りへ進んでみてください。
※この記事は20歳以上の方を対象としています。飲酒は適量を守り、妊娠中・授乳期の方や運転前の飲酒は避けてください。